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雑記:エネルギーを言語に変えているだけ

感情の波が高すぎる。
酷い砂嵐がずっと巻き起こっている。
心の中で暴れ出した私を、私自身が寝技で必死に抑え込んでいるような状態。
それでも相手の私は諦めずに寝技を解こうとしてくる。ひたすら場外に出ようとする。
こういう時はひたすら言葉を吐き出しておくことが1番いい。何でもないようなことでもいいからとにかくひたすら吐き出すんだ。
こういう事に言葉を使っている時が1番虚しくもある。もったいないなって。

医師に、フローリングで寝ていたことを素直に話した。
話すかどうか悩んだけれど多分これは伝えておくべきなんだろうな、と。
医師の見解では過敏性が顕著に現れたんじゃなかろうかとのこと。私もそれには頷けた。私の神経は異常に過敏だ。
過覚醒もある。全部全部PTSDなのだから笑ってしまう。私にとってこの世界は戦場らしい。
サインバルタの薬効があまり見られないということでさようならとなった。サインバルタ、私は好きだったけどな。
飲む前まで何一つ手につかなかったけど飲み始めてからは起きるくらいは出来るようになったからね、とても感謝している薬。
けどそれもいよいよ頭打ちっぽいねということでイフェクサーが出た。はじめまして。
調べてみたけれど取り敢えず君を試してみよう。PTSDの治療薬にも使われているんだってね。
過敏性に有効とのことなので楽しみにしている。

医師に「迷路に入ったみたいな気分です」とふと言葉にしたら、「人生の迷路に入っちゃったみたいだねぇ」と言葉が返ってきた。
「長い迷路になりましたね」と笑っておいた。
11年目の春を迎えている。先生、なかなか終われなくてごめんね。どうにもこうにも色々こじらせ過ぎてから通い出した感がある。
恐らく、適切な時期に適切なカウンセリングを受けていたらまた違ったのだろうけれど、私は1番苦しんでいる時にカウンセリングを徹底的に拒んでしまったから自業自得だ。
思春期外来にしっかり通ったらよかったね。そしたら多分、先生にこんなに苦労かけなかったんだよ。
あの頃私はカウンセラーの一言一言が何もかも癪だった。わかったような口を聞いて子供扱いするなよと徹底的に拒んだ。大人への信頼を失っていたから。一言も話さずカウンセリングを終えた。結局2回しか行ってない。
先生にただ申し訳ない。貴方の治療が悪いんじゃないんです。貴方は精一杯をやってくれているんです。私がどうしようもないんです。だからお風呂で私のことで反省なんてしないでください。もっと早く治せるつもりだったと言ったけれど、仕方ないんです。ここまで自分を壊したのは私だから。諦めずに私と向き合ってくれているだけ感謝なんです。匙を投げないでいてくれて有難うございます。
最低限の薬の処方でやってくださっていることにも感謝しています。貴方が多剤投与の医師だったら私は今頃死んでいるだろうから。
貴方のところに通い出して出来るようになったこと、山ほどありますから。先生ももう若くないから、どうぞ体を大切にしていてくださいね。

医師の自殺率一位は精神科医で、最下位は産婦人科医。わかりやすいね。
貴方の方がヤバいという精神科医には何人か会った。危なそうな医師に自分のことは託せないので通うことは選ばなかった。
私の主治医は内科医のような雰囲気がある。とてもカラッとしていて、楽しそうだ。
そしてとてもサバサバしているので、寄り添って話を聞くタイプではない。人によっては冷たい印象を持たれると思う。
だから事実転院していく患者数も一定数いる。
今日、主治医は「精神科だってね、やりがいが沢山あるんだよ。元気を沢山もらうよ。産婦人科に負けないよ」と笑っていた。
この人を選んでよかったなと改めて思った通院だったよ。

雨-そんなんだったら、自業自得よね

前世が来世を構築するシステムという面白いブログ内容を読んだ。期限は一年。
さて、前世の私は何を望んでこんな風に構築したのだろう。
恐らく前世の私は本好きの詩書きにでもなりたかったんではなかろうか。残念ながら健全で健康体だったんだろうなぁ。しかも病弱で神経の尖った気の狂った言葉しか紡げない不器用さに強烈な憧れでも抱いたのではなかろうか。
その結果、メンタルに害を全振りしてしまった感が否めない。
ねえ、もしもそうだとするなら前世の私よ。
人には想像力があるのだから、筆記力や文章力に振り当てた方が良かったよ。
いかんせん、メンがヘラッちゃうと言葉すら書けないからね。前世の私はそれだけ健康に過ごしていたんだね。それなら何よりだ。
君の選んだ来世である私は酷く困っているよ。


雨だ。今もパラパラと雨が屋根を打っている。
この音がとても苦手だ。この音がしているとなかなか眠れない。
昔から雨の音が苦手だった。早く、早く眠気よ来い。この音から早く逃げさせてくれ。
そわそわしてしまう。酷く。雨音が強くなればなるほど、何かしなければ、何処か逃げなければというよくわからない焦燥感に駆られる。
行ける場所なんぞ何処にもない。


そういえば旅に出たいな。一週間くらい。
荷物も最小で、リュック1つで。ふらりと。
夏にそれをやるつもりだ。何年ぶりだろうね。
目的も特に決めずに取り敢えず行き先だけ決まっている緩い旅。
知らない街の中を少し大きめのリュックを背負って歩いていると、何だか笑えてくるんだよ。
自分が異世界に飛び込んだ住人に思えて仕方ないんだ。
異世界は私に呼吸を上手くさせてくれる。
居場所など何処にもないけど好きに過ごせばいいよと冷たくあしらってくれるから楽だ。
誰も私を知らない。私も誰も知らない。
幾つかの電車を乗り換えてしまえばあちこちに泊まらせてくれる家があるから平気。
私、あの地にはたくさんの家を持っているの、という気分になる。
「私が見ないで、貴女の面倒を一体誰が見るの?」と言ってくれた友人を心から愛しているよ。そして続けてこう言ったんだ。
「一週間でも一ヶ月でも居てもらって私は困らないけどね」って。有難いね。
「我が家に来たらいいよ」と言ってくれる人が嬉しいことにたくさんいる。だから私は渡り鳥のようにふらふらする。
昔のように渡り歩けるかな。あの頃は体力があったからね。今はどうだろうな。
いずれにせよきちんと挨拶はしてこないとね。
普段からお世話になって居ます、これが私です。ってね。


予定とやるべき事が詰まってきた。
ちょっと余裕がない。これから私に割り振られる役割がとても多くなる。
私はひたすらPCと睨めっこ。そして入ってくる情報と、追加の資料と睨めっこ。
文章構成を考えながらあれやこれや。
これから一ヶ月半、私は健常の仮面を被る。
うまく外れないようにやっていこう。

曇り-しぶとさだけが私の強みです

日記と言ってもこれと言って何もない。
ベッドで無理やりにでも眠るようにしている。
薬の力を借りて極限まで眠くなったらベッドに駆け込んでいる。有難いのは中途覚醒が無いこと。すやりと眠っている。
フローリングで眠るより体に負担はかからない。正直ベッドはとても楽だ。
だからといって日中少ししんどい時に横たわれるかと言ったらやはりフローリングの上。
何が理由なのかわからな過ぎてさてはて、どうしたものかという具合。


10月から課題だった体重の増加に一応成功した。もうこの辺でいいだろう、と思う。
一度に減り過ぎたので、増やすにもどのラインが適正なのかいまいちわかっていない。
まあ、取り敢えずこの辺で。
結構な努力をしたなぁと振り返って思う。
元々、冬は痩せる体質なので太れる自信がなかった。けれどちゃんと戻せたので良し。
とにかく意識して食べ続けていた気がする。
普段なら食べない部類のものも食べたり。
いつもと変わらない食生活では絶対に太れなかったので、寝る前に白米をどんぶりで食べたりもした。
体に負担をかけた部分もあるけれど致し方ない。
顔にも胸にもお腹にもお尻にも太ももにもお肉がしっかり戻った。もう、椅子に座っていてもお尻が痛くない。
取り敢えず、第一目標クリア、おめでとう。
それにしても、お腹よ、もう少し自己主張を抑えてくれてもいいよ。


正直、いっそ回復しなければいいと思っていた。
体もこのままみすぼらしくなって、消えてしまえと思っていた。
もう無理だよ、もう流石に無理だと思った。
けれど、時間というのはある意味残酷で私をどんどん再構築していく。
もういいと願っていても、それを許してくれない。生きるとはそういうことなんだな、とふと思った。
体は私を守ろうと記憶を消した。ストレスが限界だよと体中に危険信号を出した。
強烈な眠気が私の体を横たわらせて、こんこんと眠らせた。忘れろ、忘れろと念じるように。
涙が止めどなく流れてどうしようもない時もあった。何を見ても泣いていた。これもまた、流せ、流しきれと体が動いたということだろう。
そのうち、笑える回数が少しずつ増えた。
食べられる量も増えた。人に時間を割くという余裕も生まれた。
結局、命ある限り人は回復していく。体が勝手に回復させてしまう。こちらの意思など無視して。私の体はとてもしぶとい。何てったって生命線が伸び伸びとしていると褒められるくらいだ。
まだ、心の傷は何一つ癒されていない。痛い、苦しい、辛い、もう嫌だもう嫌だと繰り返している。けれど、体の傷はこうして回復している。
生きるとは、痛めつけられても回復し続けることなのだろうね。心の傷はゆっくりでいいね。
きっと焦ると余計化膿してしまうから。
今出来る限りのことをしていよう。

晴れ-叱られた

奇遇にも同じ疾患を持っている友人がいる。
私を姐さんと呼んでくる素直で優しい人だ。
そんな友人に沢山叱られた。
「どうしてもっと自分本位になってあげられないんですか!相手の状態ばかり考えていたらいつまでも頼れないじゃないですか!」
「姐さん、自分のことを他人事のように話してしまってますよ。気付いてますか?」
「死んでしまいそうで怖いですよ。死なないでくださいね。やめてくださいね」
「すべてを諦めようとしているような言葉で話さないでください。悲しいです」
なんだかあれこれと言われた。因みに死にそうな話は何一つしていない。
全てを諦めているつもりで話したわけでもない。
ただ素直に最近あったことを話して、それについて思ったことを話していたら、上記のお叱りを受けた。自覚がまるでない。

どうやら私は人の目から見るとなかなかヤバイ状態らしいことは把握した。
下手したら入院もあり得ますよと言われてそれだけは嫌だと本気で思った。
私は意地でも病棟にだけはぶち込まれたくない。その経験はしたくない。
ただ、感情が麻痺してきている事だけは気付いている。段々嫌なことがわからなくなってきているのと同時に、自分にとって嬉しいことや楽しいこともあまり感じなくなってきている。
何故、今の環境を保っているのか。
何故?そもそもどうしてだったっけ?

「頼れ」と日曜日にも言われた。
でも、人にはそれぞれやるべきことがあって、環境があって、乗り越えなければならないことがある。
それを考えると、頼るという選択肢を選ぶことが出来なくなる。各自それはやるべき事なのだろうなと思ってしまうから。
事実、それなりの努力をしている最中の人に頼りたいとして、そこで頼れるかと言われたら私は無理だ。努力に割く労力を私に使わせたくない。
というか、そもそも頼り方を忘れてしまった。前はもっと辛い時に辛いと訴えられたのだけれど、我慢をしなければならない環境が長く続いたら頼り方がわからなくなった。
何から話せばいいのかわからない。話すことで何になるのかもわからない。根本的な解決には至らない。ならばしなくていい。極論だ。
私の求めている根本的解決はその場しのぎの頼るじゃない。もう、その時期は過ぎてしまった。それで救われるレベルでは無くなった。
それはわかる。自分でもいよいよきてるぞって何となくわかる。頼るにもエネルギーがいる。そのエネルギーがもう無い。そもそも何が辛いのか言語化出来なくなっている。出来ているうちに、頼れと言われたかった。タイミングってあるよねって話。それが遅かっただけの話。

それにしても死にそうには流石見えないだろうよと笑ってしまった。そんなにきてるのか?わからない。そう感じさせたなら申し訳ない。色んなものに対する期待をやめたことと、諦めを覚えたことと、信用が出来なくなっていることを感じ取らせてしまったんだろうな。ごめんね。そんなつもりはなかったんだよ。

ベッドの居心地が悪くて仕方ない。
フローリングの冷たさと硬さが1番安心する。夢を見るほど眠りにつかないし。2時間以内に必ず目を覚ませるし。便利だ。
掛け物も枕もいらない。硬い床に死んだように寝そべるその時間だけが今の私の幸せ。

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雑記:取り留めもないこと

私とその人(前の記事参照)は同じ薬を服用しているので、離脱症状がどんなものか調べたりしていたらこんな時間になった。なかなかだ。
これと戦いながら日常を送るのか。きついな。そしてそのうち私の身にも起きることだ。厳しいなぁ。薬って嫌なものだ。とても助かるのだけれど。私は今現在飲まなければ相当酷いことになっていると思う。
そして服用を止める時には地獄を見るのだろうな。覚悟は出来ているので笑っておく。
寧ろそこまで私は到達したい。

しかし私の疾患は慢性疾患なので、どこでググっても薬が効きにくいけれど飲まないとさらに悪化することと、下手するとこれは一生のお付き合いだよ的なことしか書かれておらず。慢性疾患なんだからそりゃそうよなぁと思いながらぼろ泣きをした記憶がある。
私は薬というこいつらと永遠にさようなら出来ないのか、共存なのかと。まあそれはそれで私の人生だから誰にも迷惑がかからなければ何だっていいのだけれど、症状が都合悪い。
うつ病ほど落ち込んでいくことはないけれど軽度のうつ状態とずっと一緒ってなかなか地獄。
正直、定型うつからは抜け出したねと病名が切り替わったのだけれど何が楽になったのか何一つわかっていない。これが軽度なのか…?と思わずにはいられない。抗うつ剤、減らないし。減らすと危ないと医師もそれなりにわかっているのだろうね。と言うわけで私の人生、メンがヘラってからの方が今年で長くなります。人生の半分以上がまともじゃないってなんかもうそれ笑える。けどまだ諦めきれてない自分が1番笑える。諦められるか馬鹿野郎だよ。普通が無理でも多少今よりまともにはなりたいんだよ。


私は外出先での時間の潰し方が下手だ。
外出先でふらりと時間を潰すという行為がとても苦手だから。
予定があり、必要な行動があって初めて外出の意味を持って行動する人間だ。出不精なのだ。
コーヒーも飲んだら終わり。語らいが出来ない。
洋服は特に見たいと思わない。必要な時に欲しいデザインが無ければそれで終わり。
これが出不精同士のお出かけだと余計酷くなる。1番居心地がいいのは漫喫だったりする。
それ最早室内じゃんっていう話。
この歳になってもまだ時間の潰し方をよく知らない。
だから、相手がアクティブだととても救われたりする。このお店に行きたいとか、これが食べたいと言われるととても有難い。
いいよいいよ、そこに行こう!って楽をさせてもらえるから。win-winの関係性。
出不精同士は何が1番いいかってやっぱりお部屋に篭って各自好きなことをするのが1番いいんだよなぁということ。それが1番負担にならない。
漫喫有難う。君は素晴らしい。


ってここまで打ち込んで寝てたらしい。
私は夜が怖いからギリギリまで何かをしていないと眠れないので文字を打つ癖がある。起きたら携帯がベッドから落ちていた。
今日はとても眠いなぁ。いろんな感情と向き合ったら一気にその反動が出てしまったようだ。
色んな刺激に弱い。そこを強化していきたい。
課題は山積み。けれど処理は同時進行できないから一つ一つ着実に。私の人生はそうやって終わるのだろうな。PTSDと慢性疾患から一抜けた出来る日が来なくとも、PTSDとおさらばする日くらいは迎えたいね。

雨のち曇り-最高に嬉しい出来事があったよ

ずっと近くで見てきた人の抗うつ剤が一先ずおしまいとなった。約2年近く。本人にとっては地獄だったであろう症状の出始めの頃と今の違いが嬉しかった。このまま再発のない日々を願っているし見守ろう。

その間にその人は色んなものと戦ったし、色んな選択をしたし、色んな決断をした。何れにせよ、寛解に近いのは素晴らしい事だ。これ以上素晴らしいものは無いと思っている。よく沼の中から引きずり上がったなぁ。凄いなぁ。やっぱり鬱は早期治療が1番なんだなとも思った。早かったから良かった。

この人ならば大丈夫だと信じてきて良かった。勝手に思っていただけなのだけれど。この人はちゃんと元の道に戻れると信じて見守ってきて良かった。その間に私も病名が変わった。私の場合は複雑になってしまったけれどまあいい。本当に嬉しい。多分自分が治ってもこんなに嬉しくは無いだろうな。

再発のない生活を送っていてほしい。自分を大事にしていてほしい。もうあの沼には引き摺り込まれて欲しくない。もしもの時があっても私がまた何が何でも病院に連れ出すからいいのだけれど。そんな日が来ないことを祈っている。あの病院を選んだ当時の私最高にナイス選択だった。自分を褒める。

救ったなんておこがましいんだよ、戦ったのは当人だ。頑張ったのも当人だ。私はひたすら背中を見るしかしていない第三者だ。本当に頑張ったね。本当に本当によく頑張ったよ。嬉しいから連投しちゃってごめんね。でもね、こんなに嬉しいことがあるかな。無いだろうよ。本人の頑張りに有難う。


ちょいちょい削除したけど、Twitterに思わず垂れ流してしまったくらい嬉しかったのは、とてもとても大切に見守ってきた人の抗うつ剤投与が終了となり、寛解一歩手前まで歩みを進めたことだ。取り敢えず服用の終了。そして様子を見る段階に入った。
鬱という沼に落ちる前のその人、落ちてからのその人、這い上がろうと必死なその人、そして今脱出しかけているその人と見てきて、ただただ嬉しくて仕方がないのだ。

元来真面目な人だ。そして仕事で手を抜くことができない人だ。何より成果が出ることに喜びを見出していて、自分が疲れていても気付けない人だった。だから、足元から引き摺られていった。沼に落ちた。沼に落ちてからその人はひたすらもがいた。今まで当たり前に出来ていたことが出来ないことに心底腹を立てた。悲しんだ。その間に大きな決断をしたし、現実に打ちのめされた。それでもその人は一歩一歩着実に歩みを進めたから今があるのだろう。服薬の終了と共に新たなスタートを切ろうとしている。
新たなスタートと同時にまだ症状がどうなるかわからないから様子を見ようと、主治医と二人三脚で着実にうつ病を小さく小さく弱らせている。なんて逞しいんだろう、なんて嬉しいんだろう。
他人のことなのに我が事のように嬉しいのは、その一定の流れを知っていて、内科的な受診も様々受けて、結果心療内科に行くことになった姿も見ているからだろう。唸って唸って横たわって日々を過ごしていた。弱り切った身体を引き摺って溜まった仕事をこなした。有給を使い切って悔しがった。月に一度も休まず仕事に行けてないと悩んだ。全部全部見てきた。だから本当に嬉しいんだ。

あのね、自分の薬が減ったとかそういう時の喜びの比じゃないんだよ。薬という本来ならば口にせずとも生きていけるはずのものから一抜けたが出来るという事実は、素晴らしい。だって、口にせずとも生きていける人だったんだ。持病があるわけでもない。何か障害があるわけでもない。そんな人を襲ったんだ。
だからこそ願う。新たなスタートを切ってもどうか無理をしてくれるなと。体と心を全力で守り、余力で生きろと。そして、完全に寛解だと主治医の口から聞いてくれ。何度でも本人にも言うだろう。本人がうるさいと言ってもだ。
薬の離脱症状が少なからず貴方を襲うだろう。そして、その後に緩やかに副作用が体から消え、本来の貴方の脳の働きが取り戻されるだろう。回転数も戻る。けれど、無理はしてくれるな。健康あっての仕事だ。それを貴方は知っているから、もう大丈夫だと私は信じているからね。


というわけで、私のウルトラハッピーなお話でした。何故こんなに嬉しくて詳しくて幸せかって、元婚約者だからだろうね。へへへ。やったぜ!別れてからも頑張り続けてくれた貴方に感謝状だなぁ。素晴らしいニュースを有難う。私も後を追うよ。時間がかかろうとも。

誰でも良いのではなく、貴方なのだ

久々に泣いた。子供みたいに嗚咽して泣いた。
時折笑った。馬鹿みたいだ、と。
それでも、溜めに溜め込んだんだものを躊躇わずに吐き出した。一度吐いたら止まらなかった。
1人ぐるぐると答えの未だ見えない問題に直面していて、正直参っていた。
どの道を進めば正しいのか、そもそも正しいの定義はなんだ、何が誰を幸福にするのか。
考え出すと止まらなくて、結果的に私はベッドで眠れなくなった。
ベッドに横たわれば悪夢を見るし、眠りに落ちるまで悩みが加速するから。
ヒーターの前のフローリングに横たわって2時間に一度は目を覚ましては携帯をいじってまたうとうととするを繰り返していた日々だった。
部分的にしか体を温めないヒーターに甘えきった生活をした。昼間もベッドには近付けなかった。
常に座っていた。ヒーターの前に。ずっと。

ぶつけたい相手に二ヶ月ぶりに会った。
最初は良かった。笑っていられた。
けれどいざ話し出したら駄目だった。
お前に言いたいことが山ほどあったんだよ!と溢れ出したそれは止められなかった。
子供みたいに泣きじゃくって、時に馬鹿馬鹿しいと笑って。
ああ、ここまで溜め込んでたんだなとその時にようやく気付いた私も私なのだけれど。
正直、まだいけると思っていたから、びっくりした。自分を過信していた。私は淵に立ち尽くしていたようだ。
ぶつけたかった相手は黙って聞き入れた。
それでいい、と答えたのでスッキリした。
私は悩みに悩んでベッドですら眠れなくなったし、答えも出せなかったけど、答えを出せない今で良いんだなぁと思ったら気が抜けた。
最終的に鏡を見たらメイクがダサいくらいに落ちていた。笑った。

何がどうしたのかと聞かれたら、話は長くなる。果てしなく。
何がどうしてそうなっているのかと言われたら、馬鹿なのだろうとしか答えられない。
馬鹿と馬鹿が本気で今と戦っている、それだけのことなのだ。
いかんせんスマートに割り切って生きられる性格なら良かったのだけれど、私はどうにも諦めが悪い。何か手はないかとひたすら模索する。
それが今に繋がっている。それが正しいかは別だし、オススメも出来ないし、どうしようもない。
ダサくて情けなくてボロボロで、それでもチクショウともがいている。笑える。


私にとって丸亀製麺はトラウマの地だ。
一口も食べられなくなってしまった。
そこにその日以来行った。
珍しく丸亀製麺にしては奇跡的に麺が伸びていて、山田うどんってこんな感じなんだろうなと食した。
綺麗に全部食べられた。トラウマを乗り越えたようだ。
私はもう丸亀製麺とちゃんと向き合える。大丈夫。
それだけでも大収穫の日だったし、やっぱり山田うどんには行かなきゃと気持ちが改まった日でもあった。