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続:曇り

なんて言うか暗い話を思いっきり投下してしまったことが後ろめたくて何かいい話題はないかなと取り敢えず探してみている。

 

眠れないのでTwitterのTLを眺めて居たら友人がいつの間にかアカウントを盗まれていて返してくれと願ってもダメだったしTwitter社に相談してもダメだったという旨のブログをわざわざ纏めていて笑い事じゃないのだけれど笑ってしまった。Twitterと言えば何をしたわけでもないのに一度凍結を食らった事があって、何をしましたか!?私!って問い合わせたら何事も無かったかのように再開できたあれは何だったのだろう。取り敢えず友人よドンマイ。きっとそのアカウントはもう返ってこないよ。

その友人は音楽にとても詳しくて最近聴いていいなと思ったものも纏めていたのでApple Musicで聴いてみたら見事御宅の好きそうな音楽だ、と懐かしくなった。私とその友人は音楽の趣味は蓮沼執太しか合わなかった。

 

日付変わって昨日は会ったことは一度しかないけれど近況をLINEで長々と話し合えるくらいには親しい友人が誕生日を迎えてめでたかった。エネルギーの満ち溢れる人でイベンターとしてガンガン楽しそうなイベントを企画している素敵な人。どうか新たな一年も良い一年にしてね。お互いもっともっと幸せになろうねと強く思う。とても愛する人なのだ。

 

上記の友人はどれもSNSから関係が始まっているのだけれど不思議なくらいに距離感が程よくて居心地がいいし、適切な温度で付かず離れずしているなぁと思う。SNSから少し奥に突っ込んだLINEでもきちんとやり取りができて、会えば遊べるような関係性。これってきっとネット世代特有の人間関係の構築なのだろう。ネットのおかげで随分人を選びやすくなった。けれどふとした出会いに勝るものはないよなって先日の広島旅行で痛感したのでやっぱり人には積極的に会っていきたいなと思う。この人面白そう、この人楽しそう、この人からはいい感じの気配がするってアンテナを錆びつかせないようにしていたい。そういう人に出会った時に如何に身軽に相手の懐に飛び込めるか、その準備があるかってとても大切で、一歩でも出遅れたら間に合わない出会いが世の中には沢山ある。

趣味や好みが全く違っている人でも面白そうな人は沢山いて、ただ身近に自分と似たような人が欲しいわけでもないから面白い人を集めていると段々友人関係がカオスってくる。けれどそれがまた面白くて、よくよく考えたら普通の会社員の人が居ないという展開。趣味や好みは似て居なくても生き方が似た人たちの集まりになってしまうのは仕方がないのであろう。

純粋に好きなものを追い求めていて、仕事と両立しながらそれらを大切に維持している人達が周りにはとても多い。もうそんなもの追いかけていられないよって大人になっていく人達が多い中で、これだけは手放してたまるか!ってくらいに大事に生活の中心に好きなものを置いていて素敵だなと思う。そういう人達が私はたまらなく好きです。

私の手放せない何かってなんだろう?って考えてみるとやっぱり書くことと考えることと読むことで、14年以上変化がない。でもそんな私をいいね!と受け入れてくれちゃうんだからそりゃあもう多大なる愛を送ってしまうよ。創作物は書けていないけれどblogでこれだけあーでもないこうでもないと書き連ねられるようになった自分は感覚が戻ってきているとヒシヒシと感じている。書くことを手放したら私は私じゃなくなってしまうだろうから、これだけは手放したくないな。

そんなこんなで眠れない夜があっという間に容赦なく過ぎ去っていくのだけれど早く眠らなくてはいけないね。

 

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