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曇り

完全に体調を崩した。土日はびっくりするくらい体の調子が良かったのだけれど、きっと天候が良かったからなんだ。天候が崩れた今日、私の体も見事に崩れてしまった。呆気ない。首やら肩がバキバキで、どうしたんだこれは…と若干驚いている。寝方が悪かったかな、いやいつもと変わらないしって原因がわからないまま。確実に土日のせいだ。調子に乗りすぎたんだなって少し反省。食欲も元どおりなので、また食事との格闘が始まりました。何事も呆気ない。

 

「人肌恋しくなってきたから炬燵を買おうと思うんだ」というやり取りを友人とした。炬燵と体を固定して人肌恋しさをしのぐのだという。何と虚しい会話だろうと思いながら、人肌ってすごいよねって独り身同士で慰めあって笑った。しかし炬燵だって人肌に匹敵するくらいこれからの時期には強烈なアイテムで、入ったが最後出られなくなる人たちが続出する。眠れば体が怠くなるとわかりながらもウトウトしちゃう強敵。人間は寂しくなると欲に勝てなくなるのだろうな。しかし何度考えても人肌恋しさに炬燵で抗おうなんて馬鹿な考えよなぁと笑えてくる。ちなみに私は炬燵でダラダラしていると炬燵の一方的な温もりに段々と暑苦しくなってきてしまうので長居ができない。人肌以外の温もりならなにが好き?と言われたら即答でお布団!と答えるくらいには炬燵よりお布団派。体温で温くなったものが好きなのだと思う。炬燵には抗えるけど、お布団の誘惑には未だに勝てない。勝つ気が無いとも言えるけれど。だってこんなにもピースフルな温もりはこの世界にないよってくらい優しいんだから仕方ない。お布団の温もりの中でウトウトと眠気に遊ばれている瞬間が格別に好き。

人間には三大欲求があるけれど、私の場合食欲と性欲はどうにでもなる。けれど睡眠欲だけはなにをするにも必要で欠かせない。睡眠欲も昔は適当に誤魔化していたのだけれど見事にぶっ倒れて入院してしまってからは率先して睡眠欲を大事にしている。眠るというのは本当に大事です。食欲と性欲はどうにでもなると書いてしまったのだけれどここ最近の私の体型は人から見てもちょっと細すぎるよと言われる部類らしく、会う人会う人に注意されているので食欲もきちんと大事にしてあげなくてはと思っているところ。しかしどうにもこうにも興味が湧かない、そそられない。食を楽しめる人って素敵だなと思う。自分には無い感性は基本何でも素敵に思える。私の体は今何を欲しているのか、迷子だらけ。

 

心に余裕が無くなった友人から連絡が来て、そういう時に思い浮かべてもらえるのは幸せだなと思った。どうしていいかわからなくなって、日常すらも煩わしくなって、もう全部投げ捨ててしまいたくなる時って他人すらも面倒になりがちだから、そういう時に声をかけたいと思い浮かべてもらえたというのはとても幸せなこと。なかなかの境地に立つまで無理をしている様子だったので、とにかく選べる選択肢は何を選んでもどれを選んでもいいから自分を楽にしてやれとしか言えなかった。ただし、孤立だけはしちゃいけないよと注意はつけたけれど。人って苦しくなるとどうしてどんどん孤立する道を選んでしまいがちなんだろうね。身近にある優しさが恐ろしくなってしまうのはなんでだろうね。目の前にある善意を信じられなくなるのはどうしてなんだろうね。心のキャパが無くなれば無くなるほど、選択ができなくなっていく。視野がどんどん狭くなってしまって本来なら選ばないものを選んでしまったり、結果的に自分を苦しめるものしか目に入ってこなくなるから不思議。そうなった時にどうしたらいいんだろうってもう何年も考えているけれど相変わらず答えが出ないまま。多分考えすぎなんだ、人間って。起きてないことまで予想できてしまう脳があるから、余計な心労を蓄積させているんだ。目の前にある今起こっていることだけを見ていられたら、きっともっと楽になるのにね。

 

スーパームーンは天候が悪くて残念だったので、やはり土日に月をしっかり目に焼き付けておいてよかったな。これからの時期はどんどん空が雲の中に隠れてしまって外は真っ白になってしまうから綺麗に夜を照らす月明かりというのはとっても貴重なんだ。太陽も月も貴重になる季節。私の1番苦手な季節がひしひしと近づいて来ている。今年も無事に乗り切らねばならぬ。雪国に生まれたことが私の人生における最大の失敗であると心から思いながらここ数年は生きていて。今月下旬にこの土地を去っていく人を羨ましく思いながら私はここで生きるのだと決意を新たにしている。

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