読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

曇り

昨日はビールと日本酒をいただいてとても幸せのんびりだったのだけれど、抑え込んでいた感情がボロボロと溢れてきてしまった。私のどうしようもなさに気付いた友人がLINEをくれて、「まだそんなこと言ってんのかよ〜」と笑い飛ばしてくれた。そういう所が大好きだよと胸いっぱいに嬉しくなった。

この友人はいつも私がちょっと強がってtweetを誤魔化すと、「大丈夫?」と連絡をくれる。全く大丈夫じゃなくて、何なら駄目で、どうしようもないですという時に必ず連絡をくれる。そして、毎回「しっかりしろ!」と私の背中を支えてグッと押してくれる。なかなか強引であり、いやそんなうまく行かねーよっていうことも平気で言ってくるのだけれど、辛い時に必ず声をかけてくれるというのはなんて心強いんだろう。「いい奴だな」と言うと「だからモテるんだよ」と返ってくる。うるせーよ。数ヶ月前からずっと気にかけてくれて、時に電話をくれて、時にLINEをくれてひたすら時間を共にしてくれる。頭が上がらない。もうどうにもならなくなった時に缶ビールを飲みながらほろ酔いで電話をした相手もこの友人だった。あの夜が懐かしい季節になったのにまだ私はどうしようもなくて恥ずかしいね。いつも有難うね。いやー、まさかこんな姿を君に見せる日がくるとは思わなかったんだけどなぁ、と本当に恥ずかしい。私は相変わらず人に支えられて立っている。

 

言われていた植物を今日譲り受けた。「強風の日に外に出しっぱなしにしていて室外機から落ちたんだ」と言われて渡された植物はあまりにも可哀想な姿だった。ボロボロでそれでも折れなかった葉があまりにも健気に伸びようとしていて思わず泣きそうになってしまった。状態が悪いとは聞いていたけれど、こんなに酷いと思わなくて唖然。折れてしまった葉の部分は容赦なく切って、たっぷりと水をやった。この水を根がきちんと吸い上げてくれたら、きっとこの子は大丈夫。吸い上げる力がなければ、残念だけれどとても越冬は出来ないだろう。状態で言えば、集中治療室に入っている状態。頑張れ。まだあなたはグングンと育っていけるはずなんだ。春になったら栄養をあげるよ。今はひたすら水を吸い上げて、冬を越そう。私と共にじっと冬を耐えよう。冬はゆっくり休む時間だから、たっぷり休んでまだまだ伸びてくれ。

 

母に「あんたは男前だからね」と言われた。今年の下半期はやけに周りから男前と言われる。男兄弟の下に育つと言うことはそれなりになってしまうということなのだろうか。行動の勢いが良いというか、大胆なのだろう。そもそも、自分を産み育てた母親が男前な性格だし、その親である祖母は完全に漢だったので、儚げな女が育つわけがない。年の離れた兄と同じことをしようとして出来なければ悔しくて泣き続けていた。出来なくて当たり前なのに。負けん気ばかり育って、やんちゃに過ごしてきたように思う。あちこちしながら、私は再び子供の頃の原点に戻っているのかもしれない。

 

友人が「手放せば手放すほど、色んなものが手に入るよ」と過去に教えてくれたことがある。これってなかなか真理だと思ったし、この数ヶ月は身をもって体感している。「手放せないものは、自分の中に手放さない理由を探しているだけだよ」とも言っていた。なるほどね、と思う。何だって手にしてきたものを手放すという行為は勇気がいるものだ。けれどいつまでも手にしていては次のものを掴めない。手放すこと自体はきっと本当は難しくないのだろう。何が難しくさせているかって、手放せない理由をひたすら探している行為そのものが難しくさせているのだろうね。そんな大層な理由があるものなんてきっとこの世には幾つも無いんだ。あれもこれもたくさん手放して、新しいものを掴んで行こう。向かい風がチャンスだって宇多田さんも歌っていたし。

広告を非表示にする