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曇りのち雨-ひとつだけ

今日のタイトルは矢野顕子さんの曲。キヨシローとあっこさんのフジロックでのテイクがたまらなく好きで何度も聴いている。

 

忘れようとしていたわけではないのだけれど、長年記憶という棚の奥の奥に追いやっていた思い出が一気に溢れた。増築を繰り返した曲がりくねった作りで、明かりは薄暗く、人があちこちからぞろぞろと出てくる。少し入り組んだ廊下を歩いてエレベーターに乗って6階で降りると、私の遊び場があった。脳神経外科病棟という遊び場。遊び相手の入院患者は、繰り返し一つの単語しか言えなくなった人、麻痺して体の半身や一切が動かなくなった人、体は動くけれど喋れない人、動けるしお喋りもできるけど意思の疎通は上手くいかない人。様々な人たちが居た。

私の祖母はくも膜下出血でその病棟の仲間入りをした。寝たきりで喉に穴を開けていてタンを吸引してあげないとならなかった。勿論話すことはできない。私がその世界で遊んでもらっていたのは小学3年生の時。週末土曜日になり、午前放課で授業が終わると隣町の病院までバスで通った。母は先に病院に着いていて、私は母の作り置いていったお弁当を持参した。病院に着くと、祖母と同じ大部屋の患者さんたちに声をかけて回った。勿論、まともなやり取りなど出来ないのだけれどそれでも子供ながらに表情の変化は見てわかった。見てわかったというよりは声をかけるようになってから覚えていったのだと思う。それから別室の大部屋に顔を出し、付添人の家族の方から可愛がられ、比較的コミュニケーションのとれる患者さんからも笑顔で迎えてもらった。友達と約束をするよりも、家で遊ぶよりも、大好きだった脳神経外科。生死の境をさまよっている人と、そこから脱して回復した人の隣接したあの病棟が私の遊び場で、今の私の一部分を形作った大切な場所。今日ふと祖母の話になってから溢れるように思い出した。何故私はこの経験を忘れていたのだろう。私に一番最初に命を学ばせてくれた場所だというのに。生きることは逞しく、けれど儚く、1日を生きるということがなんと重いかをいつもその姿で教えてくれた人生の先輩であり友人たちがいたというのに。

ただ変わらずにそこに居てくれるだけで、命というのはとても美しいということ。人の生きるという力は逞しくてなかなか折れないこと。人は体温だけで側にいる人を癒してくれること。体温があるだけで、頑張ってくれているんだねと嬉しくなるということ。人が人に最後に願うことはいつだって「まだ置いていかないで」という我儘でしかないということ。私はあの場所で実際に目にして肌で感じて温もりを貰って覚えたじゃないか。すっかり思い出せなくなっていたことにほんの少しショックを受けた。

 

生きるってとてもハードな仕事なんだ。当たり前のようで何ひとつ当たり前じゃない。今何不自由なく生きているとしたらそれはラッキーなだけで、生きるということに疑問を抱かないならばそれは奇跡なんだ。体が不自由になることだけが怖いことじゃない。とても怖いのは心が疲れて身動きが取れなくなってしまうこと。目には見えない不自由さは人にわかってもらうことがとても難しい。生きるって本当にハードな仕事で、人はそれを日々繰り返しているんだと思うと、世の中ちょっと頑張りすぎだよと思う。動けなくなるまで動くことは美徳じゃないよ、と思うのです。よくやったねと笑うこと、今日はもういいやと手を抜くこと、この辺にしておこうとブレーキをかけること。これがとても大切なんだ。体も心も消耗品だからね。

 

あの頃の私は全身で戦っている友人たちの逞しさに気づかず、ただいつだって変わらずに出迎えてくれることが当たり前だと信じて疑わなかった。そんな幼い私にそれぞれの意思の疎通の仕方で反応を返してくれていた。そういえば、生きるって壮絶なことだったと思い出した今日、過去の友人たちが頑張れと励ましてくれているようで嬉しくなった。形は違えど、私に体温がある限り、まだ諦める段階ではないのだ。