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雨-17歳のカルテ

タイトルの映画のアンジーを一目見た時に惚れてしまった。その細い体のどこにそれだけ歪な役柄を演じる力があるのかと、ドキドキしてしまった。精神病棟のお話だから人によって好き嫌いが分かれるけれど、私は大好きです。

 

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この前も絶賛したGoogleの今年のまとめ動画なのだけれど、このスピーチが何の時のスピーチなのか未だに調べてもわからずにいる。素晴らしいスピーチなのだろうなと想像することしかできなくてもどかしい。

 

「もっと器用なかっこいい大人になりたかったんです」と人生の先輩でもあり、大好きな友人に本音をこぼした。彼女はいつだってありのままの私を受け止めて、抱きしめてくれるような優しさで答えをくれる。「貴女の幸せが大事だから、貴女の選択を応援するよ。人はいろんな経験をしてかっこいい大人になっていくんだと思うよ」彼女はさらりと答えた。私は何故だか涙が止まらなくて、LINEの画面を見つめながらしばし動けなくなってしまった。私よりも年上のお姉さんのようで、けれどとっても愛しくて抱きしめたくなるその友人は、アドバイスをくれる時だけは確かな経験から言葉をくれる。情けなくて、どうしようもない弱っちい私を、それでいいんだよとあまりにも当たり前のように抱きしめてくれるから思わず泣いてしまう。私は本当は感情になど流されぬ強く確かな大人になりたかったんです。けれど、人生そうは上手くいかない出来事が起きるということを知ってしまって、私は感情のままにつき動いてしまっているのです。けれど、そんな私に「素直になることが大事だよ」と教えてくれた偉大な友人。私はこの人に出会えてよかった。

大人って何でも器用にこなせるようになるんだと思ってたんだ。けれど実際は何もかも違う。選択の幅が広がりすぎて、悩むことが山ほど増えて、責任は自分が取るしかない中で自分の幸せを選ぶか、周囲への影響を配慮するかを迫られてしまう。何一つ自由じゃない。何なら、子供の頃の方が遥かに自由で何処までも走り回れた気がするよ。大人になるにつれて、体を縛る鎖の強度が増していく。胸の辺りが息苦しい。

 

家族という共同体についてぼんやりと考える。これは時に呪縛のようだと思う。何処までも追いかけてくる。私は末っ子だけれど長女なので、母から託されている思いが多い。「もしも私に何かあったらお父さんをお願いね」と。兄2人には言わない言葉を私に投げかけてくる。私はそれに「わかった」と答えきれない。兄妹のうち誰かしら出来る人間がやればいいだけの話ではないのかと思ってしまうから。勿論、私が側にいる環境であれば父を放っておくことなど私の性格的に出来ないので、世話をするだろう。けれど、私はいつまで側にいるかわからないから、何一つ安心させる答えを提示することはできない。家族であるから、という言葉は時に呪縛だ。家族であるなら、個々の人生を歩める道筋を作る方が遥かにいい。最近は強くそう思う。感謝はしている。けれど、個々の人生があることも確かなのだ。体に爆弾を抱えた私が言うのも何だけれど。

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