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雪-双亡亭壊すべし

タイトルは今サンデーで連載されている藤田和日郎さんの漫画より。
うしおととら」が昨年アニメ化されて話題になりましたね。私はうしおととらが大好きです。一番好きな漫画だと思います。この人の漫画はいつだって人間臭い。今作もまた、相変わらず人間臭さが濃くて愛しい。

連日雪が降り続いている。いい加減飽きた。
もう何日青空を見ていないだろう。冬の青空の色が思い出せない。冬の青は少しだけ優しかった気がするのだけれど。
私の地元にしては珍しくふわふわな粉雪が降り続いている。寒いのだ。
寒さは平気。ただ、曇天と全てを覆ってしまう真っ白い雪が背中にのしかかるように感じられて息苦しい。
雪国の宿命ですね。


コミュニケーションについてぼんやりと考えた日だった。
10年前に目の当たりにしていたらもっとひりついたり、ざわついたり、緊張したのかもしれないなぁと思いながら。
人間それぞれ生きていたらそれまでに培ったプライドや価値観があって。そしてここまでに受けた傷跡や何ならまだ生乾きの状態の傷があったりして。
コミュニケーションは時にそういった人の核のような部分に思わず触れてしまう行為だったりするから、勿論話が平行線を辿ったり時に相容れなかったりするのだけれど、結果的にじゃあ何が悪いって答えを出そうとしても答えなんて多分無いのだろうと今の私は思う。
だって、誰1人悪く無いから。それぞれの経験則から言葉が発せられていてその裏にはその人なりのプライドや意思があって、けれど影に傷があって…。
何が悪いのだろう。何も悪く無いんだ。
あからさまに誰かを根拠なく批判したとか、そういったわかりやすい事例ならまだしも、わかり合おうとした上で違ってしまった意見というのはむしろそれはそれで良き時間であったと個人的には思う。
それぞれの価値観や、自分はこう思うという意思の再確認が出来ただろうし。

いつだって平和に笑っていられるなら、それ以上に幸せなことはないのです。ただし、人は自分以外は他人という読めないものを相手にしているわけで(なんなら自分すらもわからなかったりして)。
そりゃあ笑ってばかりいられないよね。だから人は何度も話し合うのだろうし。そんな風に思う私は人とぶつかってきた数が人よりも多いのかもしれないです。生産性のない無意味なぶつかりにも巻き込まれたり的にされたりと本当にトラウマなんだけれど、それでもやっぱり人が人をわかろうとしたり、他人に簡単にわかられてたまるかと思ったりしながらする話というのは、とても価値のある大切なものだと思った。

人間に口があって、言葉が使えてよかったね。
無かったら殴り合うことしか出来ないものな。
生きてきた上で培われた人格や性格はとても尊いものだと思った。
生きて、人が繋がりあうということはこういうことでもあるのだと、がっちり受け取った次第です。

笑っていられる時間が多かったら一番素敵だね。けれど、一人一人が自分の考えを言えて、曲げない何かを持っていて、それを提示できる空間があったということもまたそれも素敵だったと思うよ。

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