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雪-必要かどうかは私が決める

すこーんと寝た。寝るに寝た。
久々にスイッチが切れた。
久々にスイッチが切れるまで人と話したり過去を思い出したり考えたりした。


最近よく「権利」について考える。
例えば誰かに好意を提示されたとする。その人は受け取ってほしいだろう。
基本的に人の好意は受け取れみたいな空気があるがそれは違うと思っている。
受け取れる人は受け取ればいいし、受け取れない人は受け取れないでいい。
受け取る権利もあれば、拒否する権利もある。
これを結構忘れている人が多いらしい。
恋愛で例えれば誰でもしっくり来ると思う。
告白された時に好意を提示されたらそれは必ずしも受け取るべきか?違うでしょう?
こちらにはこちらの意思があって、それを受け取るか拒否するかは当たり前に権利があるでしょう。
それと同じだと思う、全て。
私は人が怖いので相手すら選んでその権利をどう使うか考える。
たいていの場合上手く受け取れないまま終わるけれど、そこに悪気はない。
受け取るのがどうしようもなく下手な人間もいて、受け取ることが怖い人間もいて、受け取ることから逃げたい人間もいる。
ただそれだけのことなんだ。
何もかも受け取れないわけではない。
私は受け取るのが下手で苦手でどうしようもないから、受け取って受け取ってとこられても上手く出来ない。
悪意や悪気はないんだ。無理な時は無理なんだ。
でもこの話を受け止めるかどうかの権利はやはり読んでくれている一人一人にあるので理解は求めない。
ただ、私が理想とするのは見守りがあればいいということだけ。
なんだって、いいんだよ。わかろうとしてくれなくて。わからなくて。
わかる時にはわかるし、わからない時にはわからない。そんなんが私は好きだ。


何にだって暴力的な側面があることを忘れたくない。
どんな時でも。
自分の言動が励みになる人もいれば必ず傷つく人だっている。
その前提で生きていたい。生きているうちは。