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雨のち曇り-最高に嬉しい出来事があったよ

ずっと近くで見てきた人の抗うつ剤が一先ずおしまいとなった。約2年近く。本人にとっては地獄だったであろう症状の出始めの頃と今の違いが嬉しかった。このまま再発のない日々を願っているし見守ろう。

その間にその人は色んなものと戦ったし、色んな選択をしたし、色んな決断をした。何れにせよ、寛解に近いのは素晴らしい事だ。これ以上素晴らしいものは無いと思っている。よく沼の中から引きずり上がったなぁ。凄いなぁ。やっぱり鬱は早期治療が1番なんだなとも思った。早かったから良かった。

この人ならば大丈夫だと信じてきて良かった。勝手に思っていただけなのだけれど。この人はちゃんと元の道に戻れると信じて見守ってきて良かった。その間に私も病名が変わった。私の場合は複雑になってしまったけれどまあいい。本当に嬉しい。多分自分が治ってもこんなに嬉しくは無いだろうな。

再発のない生活を送っていてほしい。自分を大事にしていてほしい。もうあの沼には引き摺り込まれて欲しくない。もしもの時があっても私がまた何が何でも病院に連れ出すからいいのだけれど。そんな日が来ないことを祈っている。あの病院を選んだ当時の私最高にナイス選択だった。自分を褒める。

救ったなんておこがましいんだよ、戦ったのは当人だ。頑張ったのも当人だ。私はひたすら背中を見るしかしていない第三者だ。本当に頑張ったね。本当に本当によく頑張ったよ。嬉しいから連投しちゃってごめんね。でもね、こんなに嬉しいことがあるかな。無いだろうよ。本人の頑張りに有難う。


ちょいちょい削除したけど、Twitterに思わず垂れ流してしまったくらい嬉しかったのは、とてもとても大切に見守ってきた人の抗うつ剤投与が終了となり、寛解一歩手前まで歩みを進めたことだ。取り敢えず服用の終了。そして様子を見る段階に入った。
鬱という沼に落ちる前のその人、落ちてからのその人、這い上がろうと必死なその人、そして今脱出しかけているその人と見てきて、ただただ嬉しくて仕方がないのだ。

元来真面目な人だ。そして仕事で手を抜くことができない人だ。何より成果が出ることに喜びを見出していて、自分が疲れていても気付けない人だった。だから、足元から引き摺られていった。沼に落ちた。沼に落ちてからその人はひたすらもがいた。今まで当たり前に出来ていたことが出来ないことに心底腹を立てた。悲しんだ。その間に大きな決断をしたし、現実に打ちのめされた。それでもその人は一歩一歩着実に歩みを進めたから今があるのだろう。服薬の終了と共に新たなスタートを切ろうとしている。
新たなスタートと同時にまだ症状がどうなるかわからないから様子を見ようと、主治医と二人三脚で着実にうつ病を小さく小さく弱らせている。なんて逞しいんだろう、なんて嬉しいんだろう。
他人のことなのに我が事のように嬉しいのは、その一定の流れを知っていて、内科的な受診も様々受けて、結果心療内科に行くことになった姿も見ているからだろう。唸って唸って横たわって日々を過ごしていた。弱り切った身体を引き摺って溜まった仕事をこなした。有給を使い切って悔しがった。月に一度も休まず仕事に行けてないと悩んだ。全部全部見てきた。だから本当に嬉しいんだ。

あのね、自分の薬が減ったとかそういう時の喜びの比じゃないんだよ。薬という本来ならば口にせずとも生きていけるはずのものから一抜けたが出来るという事実は、素晴らしい。だって、口にせずとも生きていける人だったんだ。持病があるわけでもない。何か障害があるわけでもない。そんな人を襲ったんだ。
だからこそ願う。新たなスタートを切ってもどうか無理をしてくれるなと。体と心を全力で守り、余力で生きろと。そして、完全に寛解だと主治医の口から聞いてくれ。何度でも本人にも言うだろう。本人がうるさいと言ってもだ。
薬の離脱症状が少なからず貴方を襲うだろう。そして、その後に緩やかに副作用が体から消え、本来の貴方の脳の働きが取り戻されるだろう。回転数も戻る。けれど、無理はしてくれるな。健康あっての仕事だ。それを貴方は知っているから、もう大丈夫だと私は信じているからね。


というわけで、私のウルトラハッピーなお話でした。何故こんなに嬉しくて詳しくて幸せかって、元婚約者だからだろうね。へへへ。やったぜ!別れてからも頑張り続けてくれた貴方に感謝状だなぁ。素晴らしいニュースを有難う。私も後を追うよ。時間がかかろうとも。