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結論はいつだって単純明快に出せるものだよ

おやすみ、と眠りに落ちてから30分で目が覚めた。最早これは中途覚醒でもない。
ただの仮眠だ。それからずっと眠れていないのだから困ってしまうね。
過敏性が顕著。薬の切り替わりの時期だから致し方ないのだけれど早く金曜日になって欲しい。
あ、最近はベッドに戻れています。ご心配をおかけしました。ベッドは正義ですね。
ここが優しい場所であることを久しぶりに実感できています。

だからと言って夢見がいいかと言われたら悪く、昨日はひたすら自分に追いかけられる夢だった。凶悪な顔で笑いながら追いかけてくる自分。
それを撃退する方法は一つしかなくて、「お前は一生幸せになれない、お前は一生幸せになれない!お前は一生幸せになれない!」と叫び続けること。
多分これは私が私自身に植えつけた深層心理だ。いろんなことを諦めようとした時に改めて思ったことだった。幸せって何だろう。
今ですら十分幸せのはずなのにね。
自分に「幸せになれない!」と言い切る夢のあとはほんの少し泣きたくなった。
こんなに悲しいことを自分に言うこと無いじゃんね。

ふと、虚しくなる。
相手の言葉をどこまで信用したらいいのかわからない人間の私は、行動しか信用できない。
言うことは簡単だ。とても。
言葉なんていくらでも並べられる。
けれどどれも行動ほどの威力は無い。
もう、言葉にはたくさん疲れたので意味のある、先のある言葉を聞いていたい。
そして、それに伴った行動をしてほしいし、していたい。これは私の個人的なことだ。
ただ、それを他人に強制は出来ない。だって言われたからやるでは続かないから。無理が生じるから。
だから私は何も願わない。願ってされるくらいならば、自発的にしてほしいと言うものだ。
自発性の伴わない行動など、無いに等しい。
願って無理した先はあまりにも哀れだと私はもう知っているから、そんなものは見たく無い。
結局人の言う「本気」って個々の中で温度差のようなものがある気がする。

この体、本当に大丈夫か?ってちょっと心配になる最近。どうにもこうにも上手くいかないね。あれが良ければこれが駄目で何とかそれでもやってきたけれど、今はあれもこれも駄目でじゃあこうしてみようとやってみてもまるで無駄だ。
流石に自分の体がいよいよ心配になってきたくらいには自覚し始めた。これ、周りがヤバいって言うはずだわって。でもまあ生きているのでいいでしょ。まだ生きてるだけまし。